日本社会の歴史〈上〉 (岩波新書)



日本社会の歴史〈上〉 (岩波新書)
日本社会の歴史〈上〉 (岩波新書)

ジャンル:歴史,日本史,西洋史,世界史
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輪郭の明確な日本通史

 刺激的な歴史書の数々で著名な網野善彦氏による、全三巻の日本通史。三巻を通じて全12章、最後の第十二章は「展望」として17世紀後半から現代までを一章で纏めているが、それまでの全十一章分では、網野氏による他の著書で触れられていた論点がふんだんに盛り込まれた上で、各章・各節がコンパクトにまとめられ、かつ読者に対して説得的に書かれていて読みやすい。それは例えば、取り上げられている時代の技術はどんな種類のものであったか、取り上げられている時代に生きていた人たちは地域ごとにどんな暮らし方をしていたのかなどが、政治的・経済的変化や発展と共に必ず書かれていることによって、読む者が各時代の様子を想起しやすくなっている。学校歴史が断片的でぶっきらぼうでのっぺらぼうなのとは大きな違いだ。

 この上巻は先史時代から平安時代中期、9世紀後半までの出来事が取り上げられているが、まずこの巻全体で北海道・東北北部、沖縄諸島は「日本国」に含まれていない。北では縄文時代の後に続縄文文化、擦文文化と続き、北東アジア・オホーツクの影響をたびたび受けていたこと、沖縄北部はむしろ中国大陸と強く結びつき、先島諸島は台湾・東南アジアの文化と類縁性を持っていたこと、この事実は何度も著者によって注意を喚起される。
その上で、東北北部を除く本州・四国・九州も、閉鎖された領域で歴史を重ねたわけではないことも、この巻、というより全巻を貫くテーマになっている。中国大陸・朝鮮半島・日本列島という大陸・半島・列島の海を通じた関わり合いが日本国の経済的・社会的・文化的・政治的状況をかなりの程度規定していたという眼差しがこの著書を刺激的にも、説得的にも、また論争的にもしている。日本人が誰でも普通に使う「日本」という名称が列島内の部族にも地名にも由来せず、太陽信仰を背景にした、中国に対する方角に基づく「日の昇るところ」という語義であることからも、大陸・半島との深いつながりを想起出来る。(半島から膨大な技術と知識が流入し、白村江の戦いで半島と縁遠くなったことが日本国を成立させたことを含め。)
 一見平坦で栄華を誇ったかのように思われがちな平安時代が、政治の領域では不穏な動きを繰り返していたこと、律令による統治がどれほどの効果を持っていたのかということなど、通読すれば日本史についての予見を変更させられることが多い。
近代史観による日本史の転倒

 上中下3巻を通じて、強調され繰り返されているのは日本列島における文化の地域差だ。すなわち、日本文化は単一ではないという主張だ。まず西と東。さらに琉球と北海道。

 東西の文化対峙は現在もなお続いているとさえ言えよう。西対東という図式がひとまず消えるのはなんと徳川幕府という東勢力による西の統合によってである。それまではこの図式は明確に存在した。江戸時代以降は分封藩国家によるまだら的文化統合がなされ、西対東という図式は表面的には後退した。が、解消はできなかった。

 なお、琉球とアイヌが日本国の版図に入ったのも徳川幕府の日本統一によってである。
 通史的な叙述はこの徳川幕府による日本統一でひとまず終わる。最終章は「展望」と名付けられ、それ以降現在に至るまでが概括されている。

 ここで強く思うことは、われわれ現代日本人の歴史眼がいかに「近代」に縛られているかということだ。この通史もこの一点を語らんがために書かれたとさえ言える。明治国家は自らの正当性を自他に位置付けんがために、江戸時代以前の日本の社会と歴史を再構成したのだ。愚かしくも皮肉なことは、この史観を完成させたのが戦後史学であったことだ。

 食糧=米。平民=農民。国是=農本主義(反-重商主義)。天皇、単一民族、単一国家(琉球やアイヌ否定)。陸の国土、陸上交通。明治-昭和国家での飢饉、大陸侵攻はそういう狭窄な視点が生んだとさえ考え得る。

 江戸時代の否定が最大の眼目であった。江戸時代の否定はその雛形としての平安時代・文化にまで遡及する。復興すべき古典時代は奈良時代以前となる。かくして古代は近代の規範となった。いや正しくは、規範となるように再構成されたのだ。したがって近代史観は古代日本をも歪めざるを得ない羽目に陥った。

 日本史はいまようやくそんな史観から脱出しようとしている。



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